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2013/02/18 放射線は粒々が飛んでくることさえイメージできれば、線源に近づけばいくらでも放射線が強くなるという誤解はしないと思う

2013/02/18 放射線は粒々が飛んでくることさえイメージできれば、線源に近づけばいくらでも放射線が強くなるという誤解はしないと思う

カテゴリー: 放射能問題

話としてはもう新しくない(はずはないのに「新しくない」と言わなきゃならないほど、ネットでの情報の移り変わりは激しく、とてもついていけませんが)のだけど、これを材料にちょっとした誤解を解くための文章を書こうと思う。

以下では(いつもそうなのだけど)、「何乗」を^で表す。10^2は10の2乗(つまり100)、10^-2は10の-2乗(つまり0.01)

問題になったのは、以下のブログ

http://blog.livedoor.jp/medicalsolutions/

に書かれている矢ケ崎克馬さんの(ものだという)文章。これの原文がどこにあるのか、僕にはわからない。

これは2/2づけで朝日アピタルの掲載された坪倉正治さんの『それは内部被曝じゃなかった』という文章

http://apital.asahi.com/article/fukushima/2013020100003.html

への批判として書かれたもの。

坪倉さんのは、WBCで測ったらCs134と137の合計が3000Bq/bodyの人がいたが実は内部被曝ではなくて服が汚染されていたという話。これに関して坪倉さんは

.......................

理論上、この外部被曝の影響を考える必要はありません。たとえば、1000Bqのセシウム137の(非常に小さい)固まりがあったとして、1mの距離での空間線量は6.2x10^-5(0.000062)μSv/hほど上がる計算になります。3000Bqの服を身にまとったとして、その体の中の空間線量の増加分は0.002μSv/h程度(注: 元の文では"0.001μSv/h程度の桁にすらならない"だったが、田崎さんの計算を受けて訂正されている。でも田崎さんの計算は1000Bqの服だから、3倍しなくてはならないのではないかな)と計算されます

................

と書いている。

これに対して矢ケ崎さんの反論とされるのは、ちょっと長いけど一部引用すると

.................

坪倉氏のモデルとしている点線源の場合だけでも6ケタもの過少評価につながります。なぜなら、点線源から発射される放射線量は単位時間について一定で放射状に発射されるので、計算しようとする「点線源を中心とする球の表面」上でどの場所でも同じ強さになり、単位面積当たりの被曝線量が計算できるのです。ところで衣服が汚染されているのですから衣服上の一つの点線源は、身体までの距離が1mm程度です。点線源から考えている点までの距離の二乗がそこに描いた球面の面積に比例しますので、この場合半径1mと1mmの距離の比率は1000倍違います。表面積はその二乗に比例しますから100万倍大きさの程度が違います。すなわち6ケタ違います。坪倉さんのどこかの文献で見つけ出してきた線量を100万倍したら、皮膚に密着した場合の線量の目安となります。坪倉さんの出している数値0.000062μSv/hの100万倍は62μSv/hになります。巨大な被曝線量です。

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これは物理学者にはちょっとありえない誤解だと思うのだけど、一般の人には少なくない誤解のようにも思うので、考えてみたい。ちなみに、まじめな計算は田崎さんがされているので、そちらを参照。ここではどうしてこういう誤解が起きるのかを考えて、誤解しないために知っておくべき簡単なことをまとめて、ついでにすごく大雑把な計算で何が言えるかを書く。

γ線源が小さな点だとすると、そこから出るγ線の強度は「距離の2乗に反比例」すると言われる。これは間違いではないが、正しくもない。たとえば、福島大学の教員有志が作ったパンフレット「放射線と被ばくの問題を考えるための副読本」の初版

https://www.ad.ipc.fukushima-u.ac.jp/~a067/SRR/FukushimaUniv_RadiationText_PDF.pdf

には「被ばくと距離の関係」という項目があり

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放射線の強さは距離の2乗に反比例します。例えば,放射性物質までの距離が2m から 4m へ 2倍になった場合は,放射線の強さは4分の1になります。このことから, 被ばく影響を少なくするには放射性物質からできるだけ遠ざかることが必要す。

また,放射線の強さが距離2乗に反比例するというこは,逆に近づいた場合には,距離の2乗で強くなる ことを意味します 。例えば,体外 1cm (1×10^-2m)の距離にある放射性物質を吸い込んで内部被ばくした場合,体内で放射性物質から 1μm(1×10^ -6m)の距離にある細胞が受ける放射線は,吸い込む前に皮膚が受ける放射線と比べて,100,000,000(1×10^8)倍の強さになります

.....

と書かれている。これはいくらなんでもひどい誤りなので(理由は以下で説明します)批判が集まり、第二版で削除されている。誤解としては上の矢ケ崎さんの説と同じで、大学教員でもこれをやってしまうものだということなのだが、誤解の理由としては「放射線は粒が飛んでくるものだ」というイメージができていないからなのだと思う(だから、物理学者の矢ケ崎さんが本当にこんな間違いをしたとは信じがたい)

「γ線強度が点線源から距離の2乗に反比例する」は正しい場合もあるし正しくない場合もある。つまり、厳密には正しくないものの、「距離の2乗に反比例」とみなしていい範囲があるということ。それはこの「逆2乗則」の由来を具体的なイメージで考えてみればわかる。ここでは具体的なイメージを持つのが重要だということを強調しておきたい。それは「放射線の実体は粒々が飛んでくるものだ」というイメージだ。

α線の正体はヘリウムの原子核だし、β線の正体は電子で、どちらも粒だ。問題はγ線で、これは「強い光」と言われるので、粒ではなくて何か連続した「線」や「波」のイメージで捉えている人も少なくないかもしれない。実は光は波としての性質と粒としての性質を兼ね備えている(きりがないので深入りしないが、アインシュタインの光量子説というのはこれ)のだが、γ線の場合には、決まったエネルギーを持った光の粒(光子)が飛び出してくるものと捉えるほうがいい。γ線は「ひと粒、ふた粒」と数えられるものだ。結局、放射線はボールが飛んでくるようなイメージで捉えておいてかまわない。というより、そう捉えないから、「逆2乗則」に関する誤解があとを絶たないのだと僕は考えている。

これでベクレルという単位の意味がはっきりする。たとえば、1ベクレルのCs137の塊があるとしよう。すると、そこからは毎秒(平均して)1個のβ線と1個のγ線、つまり電子1個と光子1個が飛び出してくる(細かいことを言うと、数はそれよりちょっと少ない。この件は以前の記事に書いた)。1000ベクレルのかたまりなら、毎秒1000個のβ線と1000個のγ線が飛び出す。エネルギーも決まっていて、β線が約0.5MeVでγ線が約0.7MeV(ここでは細かい数字は必要ないので、精度は一桁で。また、β線のエネルギーはニュートリノと分け合うので確定していないが、最大が約0.5MeV)。それがかたまりから四方八方に飛び出してくる。

1000ベクレルのかたまりから四方八方に飛び出した光子は、それぞれまっすぐに飛んでいく。もし、そのかたまりを片手で完全に包んでしまえば、1秒間に出た1000個の光子すべてが手を通る(たいていの光子はなにごともなく手を突き抜けてしまうだろうが、一部の光子は細胞の中の原子に当たってそれが何か悪さをするかもしれない)。では、手をだんだん遠ざけていくとどうなるか。かたまりを包み込めないくらい遠ざかると、1000個の光子のうち、手を通らないものが出てくる。もっと遠ざかると、手を通らない光子のほうが多くなる。たとえば、かたまりから1mの距離で手を広げたとすると、1000個の光子のうち何個が手を通るだろう。それは「手の面積÷半径1mの球の表面積」だ。かたまりから半径1mの距離に1秒間に1000個の光子が到達する。光子は四方八方に飛んでいるので、もしそれをすべてつかまえたいと思うなら、半径1mの球で包んでやらなくてはならない。手はそれよりずっと小さいから、手を通る光子の数はそれだけ少なくなる。かたまりから10mの距離なら、すべてつかまえるには半径10mの球が必要だ。球の半径が10倍になると表面積は100倍になるので、逆に、手を通る光子の数はそれだけ減って1/100になる。10倍離れると100分の1になるというのがまさに「逆2乗則」なのだが、あくまでも光子の「数」がそれだけ減るのだということを忘れてはならない。

では、逆に手をかたまりに近づけていくとどうなるか。上で紹介した福島大学有志のパンフレットや矢ケ崎さんの話では、かたまりからの距離を1/10に縮めると手が受ける放射線の強さは100倍になり、近づけば近づくほど放射線は強くなると言っている。しかし、ここで強調したように放射線は粒々だ。1秒間に1000個のγ線が出ているのなら、どれほど近づこうと、手を通る光子の数は最大で毎秒1000個だ。つまり、かたまりを完全に包み込んでしまえば、それ以上どれほど近づこうと1秒間に手が受ける光子の数は変わらない。γ線の数は毎秒1000個で頭打ちとなる。粒々だということさえイメージできれば、これは当然のことだとわかるだろう。もちろん、「手で完全に包む」というのは極端な設定で、掌に当てるだけなら、半分は手と反対側に飛んでいくだろうから、手を通るのは半分の毎秒500個になる。いずれにしても、毎秒1000個が最大であることにかわりはない。つまり、放射線源が点だとしても「逆2乗則」は線源に近いところでは成立しない(点線源で、かつ放射線を受ける側も点とみなせるほど小さく、かつ放射線が毎秒無数に飛び出してくるという非現実的な条件なら成立するが、そんなものを考えても意味はない)。ちなみに、γ線は飛ぶにつれて空気に吸収されて数が減るので、遠方でもやはり(別の理由で)「逆2乗則」は成立しない(ただし、吸収による減衰は10mごとに90%になるくらい)。ちなみに、β線は電気を帯びているため、空気中の原子で散乱されて曲がりやすいので、逆2乗則はそもそも考えないほうがよい。もちろん、β線の場合も線源から出てくる個数以上のものが手に当たるはずはないので、1000個のCs137から受けるβ線の総数は毎秒1000個以内になる。

話としてはこれで終わりで、要は「粒々が飛んでくる」ことさえイメージできれば妙な誤解は減るはずだということなのだが、念のために体の表面に1000ベクレルのCs137が付いているときの被曝量について簡単な計算をしておきたい。皮膚の表面付近ならβ線も届くのでβ線も考える。Cs137が一ヶ所にかたまっているか広がっているかは、これからの話には関係ない。どちらでもかまわない。

皮膚表面に着いた1000ベクレルのCs137からは、毎秒1000個のβ線と1000個のγ線が飛び出してくる。おおざっぱにはその半分が体の外に向かって飛び、半分が体の中にはいるから、体にはいるのは毎秒500個のβ線と500個のγ線と思えばいいだろう。そのエネルギーは合計すると(0.5MeV+0.7MeV)×500個=600MeVになる(ここでもβ線についてはエネルギーの最大値を使う)。エネルギーの単位をJ(ジュール)に直すには、1MeVは1.6×10^-13(10のマイナス13乗、あるいは"10の13乗"分の1)Jなので、これを掛けて9.6×10^-11J、つまり約10^-10(100億分の1)Jとなる。これが全エネルギーだ。どれほど極端な状況を想定しようと、1000ベクレルのCs137から体が受けるエネルギーは毎秒100億分の1ジュール以上にはならない。仮にそのすべてを体が吸収するものとするなら、これをグレイ(Gy=J/kg)に直すには体重で割ればよい。計算が簡単になるように50kgの人の場合を考えると、50で割って2×10^-12Gy。これは1秒あたりなので、空間線量率と比較しやすいように1時間になおすと3600掛けて約7×10^-9Gy/h。外部被曝の場合は1Gyと1Svはだいたい同じだと思っていいので、結局、7nSv/h (7ナノシーベルト毎時)が結果となる。マイクロシーベルト毎時にすると0.007μSv/hだ。

これは何を計算したのかというと、1000ベクレルのCs137が出したβ線とγ線のエネルギーの半分を体が吸収したときの1時間当たりの被曝量なのだが、もちろん実際の被曝量に対しては過大評価になっている。つまり、何があろうと体表に付いた1000ベクレルのCs137からは0.007μSv/hの線量を受けないという「最大値」を求めたことになる。Cs134の場合はもう少し大きくなるにしても、桁が変わることはない。つまり、矢ケ崎さんが計算したという62μSv/hは、どんなに控えめに見ても9000倍ほど過大評価になっているわけだ。坪倉さんの記事では3000Bqだったから、それによる線量は何が起ころうと0.021μSv/hを超えることはない。

ちなみにここで計算した数字は

http://togetter.com/li/452430

の最後のほうにある僕のツイートと違っている。少しずつ計算条件が違うからなのだけど、要するにその程度の違いは気にしないくらいの大雑把な計算をしているということ。

もちろん、実際に体に吸収されるγ線は体にはいったγ線の一部なので、実際の被曝量はもっと少ない(β線のエネルギーもニュートリノと分け合う分だけ少なくなる)。田崎さんのまじめな計算

http://t.co/uOWG44x2

によると、1000BqのCs137で汚染された服を着た60kgの人の被曝量(線量率)は約0.002 μSv/hなので(僕も何通りかの適当な計算でだいたいそのくらいになることは確認した)、上の最大値と比べると(体重が少し違うことも含め)約1/3になっている。桁は同じだから、ひどく違うわけでもない。当然ながら、こんなに大雑把な計算でいいのは、この服を着ていることによる被曝量はどのみち小さいからだ。ここで2倍や3倍違っていても、大勢に影響はない。ただし、ここで言いたいのは、まじめに計算しなくても簡単に見積もれる最大値の9000倍も過大評価してしまうのは、いくらなんでもまずいのではないかということだ。

繰り返しになるけれども、放射線の正体は高速で飛び出す粒だ。粒は数えられる。それさえイメージできれば、妙な誤解はしないはずだと思う

そして、もうひとつ(同じことなのだけど)、線源にどれほど近づこうと、「線源から出ている全エネルギー」以上のエネルギーをからだが受けることは絶対にない。あたりまえのことのはずなのに、それを忘れた話をときどき見る。でも、それは永久機関ができると主張するのと同じことだ

[追記](2013/2/19)

3000Bqの計算だか1000Bqの計算だか混乱していたので、数字を3倍間違えたところがあり、直した。具体的には矢ケ崎さんの過大評価は3000倍ではなく9000倍だと思う。これくらい違うと、どちらでもいいんだけど。

そのほか、足りないと思われる説明を少し補足した。β線のエネルギーはニュートリノと分け合うので最大値だけが決まっているというのも補足した

それから、僕の勉強会資料にも書いてあるのだけど、それこそ「雨樋の下や側溝に放射性セシウムが溜まっていた」ような場合は、「線量率は距離の二乗に反比例して小さくなる」という説明でよいと思う。つまり、均一に広がっている場合の空間線量率と違ってこういう場合には線源から離れれば急激に弱くなるのだということを説明すればいいので、これでかまわない。10m程度の距離での話なら、空気による減衰も考えなくてよい。実際、放射線源を管理するという話のときには逆二乗で考えるのだと思う(僕が読んだ放射線のテキストでは逆二乗で評価していた)