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2011/04/25 学校の放射線量についての「暫定的考えかた」について考えた(追記あり4/30)
2011/04/21 読売新聞から返事をいただいていた
2011/04/21 Cl38は誤検出
2011/04/19 放射能差別を許してはならないのだから(4/21 わりと重要な追記あり)
2011/04/07 100mは長いか短いか
2011/04/06 少ないものをどれほど減らしても多いものには影響しないわけで
2011/04/06 放射性物質拡散予測、またはシミュレーションの解釈を間違えるとデマのもと

2011/04/25 学校の放射線量についての「暫定的考えかた」について考えた(追記あり4/30)

カテゴリー: 放射能問題

福島県内の学校を再開されるための基準が「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」として文部科学省から発表されている。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1305174.htm

それによれば、

..............

このようなことから、児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1−20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安とし、今後できる限り、児童生徒等の受ける線量を減らしていくことが適切であると考えられる。

.............

とされ、さらに年間20mSvに相当するのは屋外線量が3.8μSv/hの場所としている。

これにはいろいろ批判があって、代表的なものとして、日弁連が会長声明を出している。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/110422_2.html

これの最後の対策提言5項目についてはその通りだと思う。一方、提言にいたるまでの部分で、「電離放射線障害防止規則」という平時の規則と比較して上限が緩すぎると主張する点については、全然筋が違い、正当化されないように思う。現在の状況では、ICRPの基準をもとにどうするかを考えるのが筋だろう。

ICRPは今回の事故にあたって簡単なメモを出しており、その訳が以下で読める

http://www.scj.go.jp/ja/info/jishin/pdf/t-110405-3j.pdf

今の問題は、放射能汚染地域で生活する場合なので、関係するのは1ページ目の最終段落にある「国の機関は、人々がその地域を見捨てずに住み続けるよう、必要な防護措置を取るはずです」以下の部分になる。ここでは

...........

委員会は長期間の後には放射線レベルを 1mSv/年へ低減するとして、これまでの勧告から変更するとなしに現時点での参考レベル 1mSv/年〜 20mSv/年の範囲で設定すること (ICRP 2009b 、48 〜50 節)を用いることを勧告します

..........

とされている。

このICRPの参考レベルの上限に設定したのが文部科学省の「暫定的考えかた」ということになる。その意味で、根拠ははっきりしており、おかしなことはしていないようではあるが(20mSv/年から屋外線量3.8μSv/hへの換算はよいものとして)、釈然としない思いは残る。

文部科学省の「暫定的考えかた」にはいくつかの注意が付されており、週一度程度の再調査で見直すことと、この「考えかた」が夏休み終了までの期間についての暫定的なものであることが書かれていることには注意したい。素直に読むなら、この20mSv/年という基準は「そこに1年いれば20mSv被曝する程度の線量を夏休み終了までは容認しましょう」という意味であって、本当に20mSvの被曝を想定しているわけではない。だから、ネット上で時折言われる「子どもに20mSvを強要」という表現は誇張というべきだろう。

しかし、それでも釈然としないのは、ひとつには、設定できる範囲の上限に設定してしまったのがいかにも安直に思えるからだ。たしかにICRPの参考レベルは大人も子どもも関係なく設定されているようなので、根拠としてはいちおう申し分ない。しかし、いっぽう、子どもに対しては大人よりも低い基準値にするべきだという議論は常にあり、それは考慮するべきだと思う。たとえば、半分に設定するなどはできたはずだ。

もちろん、設定を厳しくすれば、それだけ屋外活動を制限すべき学校が増える。屋外活動のメリットのほうを重視して、上限に設定するという考えかたもありうるとは思うが、それにしては説明が足りない。

説明不足の問題は深刻で、実は最大の問題は、暫定期間とされる夏休み終了時までに何をどうしたいのかがわからない点にある。たとえば、校内を細かく測定して、線量の強い場所についてはなんらかの対処をするのか、あるいは校庭の土を入れ替えるのかどうか、そして入れ替えるとすればいつをめどに行なうのか。

要するに、ICRPのコメントにある「長期間の後には放射線レベルを 1mSv/年へ低減するとして」という前提部分をいつまでに実現しようとして、そのために何をしようとしているのか、それがまったく書かれていないところが問題だろう。

既にヨウ素はかなり減ってセシウムが主体になっているので、これからは「待っているだけでは減らない」段階にはいる(セシウムが雨で減るかといえば、それほど楽観視はできない)。減らすためには、何らかの対策をとらなければならない。

対策が必要であることはわかっており、その対策が目標とする値も決まっている。過去の平常時の線量にプラス1mSv/年くらいを目標としなさいということだ。

逆に、夏休みをめどに土を入れ替えるなどの具体的な計画が示されるなら、短期的には20mSv/yの線量でもがまんしようという気になれるかもしれない。

現状の混乱は、見通しが示されないことによる部分が大きいと思う。

もちろん、100mSv以下の被曝ではそれによる発癌の増加はほとんど見られないという知見があるのも事実で、だから、仮に本当に年間で20mSvに達したとしてもその影響はまずないと思う。

それでもやはり、推奨される範囲の「上限」を子どもに対する基準として設定することには抵抗があるのだが、いかがだろう。

なお、ICRPの基準そのものに対する異議もあるかもしれないがここでは考えない。

リスクの観点からどれくらいの値を基準にするべきかについては、いろいろな人がいろいろなブログなどで議論していると思う。

野尻美保子さんの

http://nojirimiho.exblog.jp/

とか

[追記 4/25]

郡山市では線量の多い校庭で試験的に表土の除去作業をするそうです。自治体が独自に始めるのですね。早い対応だと思います。どうやるか、線量がどの程度下がるか、注目したいところ。

http://mainichi.jp/life/edu/news/20110426k0000m040042000c.html

[追記 4/28]

コメントもありますが、ICRP publication 111の日本語訳が出ています

http://www.jrias.or.jp/index.cfm/6,15092,76,1,html

ブログ本文を書いた段階ではあまり認識していなかったこともあり、またまとめたいと思いますが、ここでは参考レベルとして「1〜20mSv/yの範囲の下のほうから選べ」と書かれていることに注意しておきます。状況が許す限り低い値に設定することが望まれているわけです。その意味で、上限の20に設定するというのは、本来であれば例外的と考えるべきでしょう。その意味では、上に書いた「根拠ははっきりしており、おかしなことはしていないようではある」というのは適切でないのかもしれません。なぜ上限にしたかの説明は必要でしょう。

[追記 4/30]

上で低減の目標値を1mSv/yと書きましたが、それは誤読かもしれません。「長期間の後」というのは数年や数十年という長い期間を考えていて、目標値を設定するようなものではないのかもしれません。もちろん、それでも「低減の努力は続けること」が求められていることに変わりはないのですが。


2011/04/21 読売新聞から返事をいただいていた

カテゴリー: 放射能問題

ドイツの放射性物質拡散シミュレーションを紹介した読売新聞の記事が誤解を招いたという件について、読売新聞に意見を送ったところ、デスクのかたより以下のような返事をいただきました

..........

記事を書きました記者ともども、ブログを拝見しました。ご指摘は、「放出され

ていないのに、放出があったかのように誤解される」との趣旨だと存じます。

しかし、私たちの理解では、実際に放出が続いております。

4月12日に原子力安全・保安院が「レベル7」と暫定評価した時の記者会見で

も、保安院が「放射性物質の相当部分は15日早朝に放出された。その後も放出

は止まっていない」と説明しました。

色の表示につきましては、ご指摘を貴重なアドバイスと受け止め、今後の記事作

成の参考にさせていただきます。

なお、連日の報道などに忙殺され、お答えが大変、遅くなってしまいましたこと

をお詫びいたします。

...........

これは本質をはずしていると思うのですが、これに対してどう返事したものか、悩んでしまうので、とりあえず紹介だけしておきます


2011/04/21 Cl38は誤検出

カテゴリー: 放射能問題

「再臨界」についてのエントリーに追記したように、東京電力は1号機溜まり水などで測定された核種のデータを解析しなおした結果を発表しています。

http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110420j.pdf

これによると、「再臨界の証拠か」と話題になったCl38やTe129は検出限界未満となりました。要するに誤検出というか誤解析だったわけです。

再臨界疑惑はこれで完全に片付きました。

このCl38の検出については、東大の早野さんが当初から、おかしいと主張しておられました。たとえば

www.kantei.go.jp/saigai/pdf/201104091700genpatsu.pdf

結局、早野さんの考えが正しかったわけです。

ポイントはCl38やTe129といった目を惹く核種だけに注目するのではなく、他のデータとの整合性を吟味せよということなのだと思います。もっとも、僕は核反応のことをまったく知らないので、整合性も何もわかりませんが、核反応の専門家から見ればCl38は他のデータとつじつまの合わないおかしなものだったということなのでしょう。

(ちなみに、僕は核反応だけではなく化学反応の常識もよく知らないので、ブログのコメント欄で教えていただいてばかりです。すみません)

しかし、そうすると、Cl38で大騒ぎしていた人たちはいったい何を見ていたのだろうかという疑問もわきます。木を見て森を見ずだったのでしょうか。それとも、早野さんが特別の達人なのでしょうか。前者ならちょっと信頼性に疑問がわくところですが、どうなんでしょう。また、東電の人たちが誰も「おかしい」と思わなかったらしいのはどういうことなのでしょうね。

いずれにしても、いろいろ考えさせられるできごとでした。

知識があって、それをちゃんと使えれば、間違ったデータを見せられても「おかしい」と思えるというわけです。

精進しよう

[追記]

念のため再確認しておくと、これは再測定ではなく(それでは全然違う話)、Cl38が出たとされたのと同じスペクトル(測定結果)を再度解析した結果です。

再解析で結果が変わるとはどういうことだという疑問もあるかもしれませんが、前回の解析は解析プログラムの一部に誤りがあることが指摘されていました。僕が理解した範囲で言うと、プログラムはどういう核種がどう崩壊して何に変わるかというデータ(解析のもとになる知識ですね)にもとづいて測定結果を解釈するもので、その知識としていれておくべきデータが一部不足していたということみたいですね。知識が足りないので、与えられている知識の範囲内で無理やり測定結果を解釈しようとして、妙な核種があると判断されたわけです。

この話のひとつの教訓(自然科学をやっているかたには当然ですが)は、「測定結果」は「解釈」されて初めて意味をもつということです。「測定結果」として報告されているものは、実は測定された生のデータそのものではなくそれを解釈した結果です。測定の種類によっては、データから簡単な筋道で解釈できるものもあれば、複雑な解析を必要とするものもあります。γ線スペクトルの場合は、核種によって難しさが違うようです。

発表される測定結果は生データそのものではないということは頭の片隅にいれておくといいかもしれません(生データを見せられてわかるのはプロです)


2011/04/19 放射能差別を許してはならないのだから(4/21 わりと重要な追記あり)

カテゴリー: 放射能問題

放射能差別は原発事故が起こった当初から危惧されていたわけですが、残念ながら入居拒否から学校でのいじめまで、さまざまなところで起きているようです。

今日のニュースでは、つくば市が福島からの転入者にスクリーニング検査を求めていたという報道がありました。報道機関によって若干内容に違いがあるようで、どれが正しいのかよくわからないのですが、とりあえず毎日新聞へのリンクを書いておきます

http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110420k0000m040119000c.html

ここに掲載されたつくば市の内部文書の写真を見ると、たしかに「土浦保健所にて放射能に関する検査をしていただく。検査終了後問題がなければ、通常の手続き」と書かれているので、一部新聞に出ているような「あくまでお願い」というのとはニュアンスが違いそうです。

つくばといえばもちろん「科学都市」なわけで、そこでこういう対応が行なわれるというのは信じがたい話です。だめでしょう

放射能のスクリーニング検査はあくまでも被曝した当人の安心のために行なわれるものであって、他人が「証明書」を要求するたぐいのものではありません。証明書を要求すること自体、被曝の意味をまったく理解していないのだし、差別ですよ。

放射能差別は許しがたい行為です。それを自治体がやるなど言語道断です。

放射能差別の原因の一部は、放射線や放射能に対する知識が足りないことによるのでしょう。放射能は感染症じゃないので、放射線を浴びたからといって、その人が放射線を出すわけでもないし、それがうつるわけでもありません。

他方、よく指摘されているように、被曝を「穢れ」の一種とみなす人たちもいるのかもしれません。それによる差別は、科学知識では解消しないのでしょう。それに対しては、「なんであれ、差別は許されない」という態度で臨むしかないのだろうと思います。

念のために言うと、放射能差別が許されないのは「放射能は感染しない」からではなく、「差別は許されないから」です。

その意味で、放射能差別問題には血液型差別と似た面があります。僕が血液型差別についてブログに書いた文章を亀さんが編集してくれた記事が

http://shibuken.seesaa.net/article/118154693.html

にあります。

改めて読んでみて、今も有効な部分がいくばくかあると思います

[追記]

「差別を防ぐことができるのは知識だけだ」と僕は考えているし、そう言ってもいるのですが、ただ、今回のような問題を「科学的知識」だけでなくせるのかといえば、心もとないものがあります。「うつらないから、差別は誤り」という理屈には有効な面と危険な面の両面あります。危険な面というのはもちろん、「うつるなら差別してもよい」になりかねないことです。差別を防ぐための「知識」とは狭義の科学的知識に限らないもっと広い意味での知識でなくてはならないはずです

[追記]

上の追記で「うつるなら」と書いたのは、一般的な感染症差別を念頭に置いたものです。今回の放射能被曝問題では、被曝しても他人には影響しません。

[追記]

体についた放射性物質は払えば落ちますし、洗えば落ちます。体にはいった放射性物質が他人に影響を与えるとは考えられません。転入時のスクリーニングというのはほとんど意味がないでしょうね。

「放射能差別」と書いたのですが、名前としてはこれでいいのだろうと思います。

[追記]

念のために毎日新聞から引用すると

.....

 転入届の窓口の市職員が11日、放射線量検査済み証明書の提示を求めたため発覚。市は即日、福島県からの転入者に検査を求める措置を撤回した。3月14日に福島県からの避難者受け入れを始めたのに合わせ避難所などで検査を実施し、同17日付で転入者にも検査を求める措置を決めていた。

.....

となっています。転入者への検査(あるいは証明書要求)は3/17から4/11まで行われていたと読めます

[追記 4/21]

コメントにもありますが、つくば市のホームページに経緯の説明が掲載されています。

http://www.city.tsukuba.ibaraki.jp/1330/008543.html

.........

 この当時は,福島原発事故後まもなく,放射線や放射性物質に関する公式な情報が少ない中で,放射能に対し誰もが不安を感じていました。このような状況で,避難所への避難者だけでなく,福島県からの一般転入者に対してもスクリーニングを受けていただくようお願いすることにいたしました。

 市民課窓口及び各窓口センターにおいても,3月17日に転入者に対し,スクリーニングをお願いすることといたしました。その後,各地の放射線量に関する公式な情報が公表されるようになり,市民課窓口では,3月24日に,福島原発20キロメートル圏内の方についてのみスクリーニングをお願いすることといたしました。

 しかし,この取扱いの変更が各窓口センターに周知されず,加えて,本件報道の宮城県からの転入者の方については,窓口センター職員の錯誤により,転入案内の対応の際に,配慮を欠いたものとなってしまいました。

 しかしながら,スクリーニングを実施されなかった方に関しても,つくば市が転入届を受理しなかったというような事実はございません。つくば市としては,もとより被曝は伝染するなどという認識は持っておりませんし,まして福島県の方々を差別する意図がなかったことを御理解いただきたく存じます。

.......

実はこれではまだ釈然としないものがあります。

「福島原発20キロメートル圏内の方についてのみスクリーニングをお願いすることといたしました。」はどういう意味なのでしょう。「希望者には検査します」というのなら理解できますが、そうではないように読めます。


2011/04/07 100mは長いか短いか

カテゴリー: サイエンス

数字の見かたの話です。

たとえば、「100mは長いか」という質問に意味がないことはすぐにわかると思うんですよ。同じ距離でも、それが長いのか短いのかは状況によります。歩けばたいした距離ではないけど、匍匐前進で100m行けと言われたら普通の人にはかなり長く感じられるだろうし、いっぽう飛行機なら瞬時に通りすぎてしまう程度の距離です。

アリにとっての100mと人間にとっての100mも全然違うでしょう。天体の運動を考えるときには100mなんて誤差にもなりません。

考えている状況や問題に応じてなにかしら長さの基準があり、それと比較して長いか短いかを考えるわけです。だから、同じ100mでも、それがとんでもなく長いという状況もあれば、無視できるほど短いという状況もあります。「100mは長いか」はそれだけでは意味を持たない質問なのです。

これは長さに限らなくて、どんな量であれ、それが大きいか小さいかは何と比較するか、どういう状況かで違います。

「1時間は長いか短いか」

「1トンは重いか軽いか」

「摂氏20度は高い温度か低い温度か」

など、いずれもこれだけでは意味を持たない質問です。「1時間もかかった」なのか「1時間しかかからなかった」なのかは、状況しだいです。

普通、我々は暗黙のうちに「身の丈スケール」を基準にするのだと思います。だいたい、長さはm程度、重さはkg程度、時間は分か時間程度でしょうか(要するに単位というのは、身の丈程度を便利に表現するようにできているわけです)。たとえば、1mmなら小さいと感じ、1kmならちょっと遠いと感じるというような。

しかし、身の丈ではない現象や状況については、そういう日常の感覚を忘れて、「何に比べて大きいのか・小さいのか」を考える必要があります

[追記]

このエントリーが意図とまったく違う読まれ方をすることは想定していませんでした。「水1万トン」を例に挙げたのがいけなかったのでしょう。「水1万トン」の部分は削除しました。

高濃度・低濃度の話と思ってつっかかってこられたかたのコメントを初めから削除するべきでした。もう削除しましたが、遅かったかもしれません。別にそれについて言いたいわけでもありません。

この記事はもっとずっと一般的な話を書いています。何かについて「たいしたことはない」とも「小さい」とも「大きい」とも言っていません。

今、さまざまな数字が出てきていますが、どんなものであれ、身の丈スケールで大きいか小さいかだけを考えていると、とんでもない失敗をしかねないということです。

[追記]

汚染水という問題を離れて、「1万トンは多いか少ないか」を考えてもらうことはもう無理ですかね。もう「1万トンは汚染水の量」っていう繋がりができちゃったから、「1万トン」って書いた瞬間に、そういう文脈になってしまいますか。

東京ドーム一杯分の水で百数十万トンっていうのは、目安として便利な表現だと思ったんだけど。


2011/04/06 少ないものをどれほど減らしても多いものには影響しないわけで

カテゴリー: 放射能問題

地震・津波の被害が大きいのに、原発の話ばかり書くのもどうかとは思うのですが、もうひとつ

高濃度の放射性物質で汚染された水が海に流れていたのは、ようやく止められたようですが、それまでにずいぶん流れてしまったと思います。

いっぽう、高濃度汚染水を溜めておくために、低濃度の汚染水を1万トンも海に流すというので、ずいぶん大きな問題になりました。

もちろん、流さずにすめばそれに越したことはないとして、どうしても水を捨てなくてはならないなら、低濃度のほうから捨てるのは当然です。ニュースによると低濃度のほうは全体で1700億Bqだそうです。

それに対して、高濃度のほうの濃度は1000万Bq/cm^3 以上とニュースには出ていました。これは、100億Bq/Lです。

すると、低濃度の汚染水1万トン中に含まれる放射性物質の量は、高濃度汚染水約17L分ということになります。

実際、朝日新聞には

..................

汚染度の低い水1万トンに含まれる放射能の量は、2号機の高濃度汚染水10リットル程度に含まれる量と同レベルにあたる。

..................

とはっきり書いてあります

http://www.asahi.com/national/update/0404/TKY201104040245.html?ref=reca

うーん、すでにどれだけ流れてしまったかわからない高濃度汚染水に、あと10Lなり20Lなり足すのはどの程度まずいことなのでしょう・・・。これを流さないことが、海洋汚染の対策になるかといえば、高濃度がかなり流れちゃっている以上(どれだけ流れたのかわかりませんが、ピットから流れ出る写真を見る限り、数10Lとはオーダーが違いそうです・・・)、全然対策にならないです。

高濃度のほうの量を気にするほうが、圧倒的に重要でしょう。

ちなみに、基準値の100倍の汚染水1万トンというのは、東京ドーム一杯分の海水で薄めると基準値以下になる程度の量です。

いや、流さないに越したことはないんですよ、もちろん。国際条約云々もあるでしょう。でも、緊急避難として認められる範囲じゃないかな。少なくとも、国内法上は緊急時として認められるはずです。

ところが、どうも記者会見などを見ていると、記者やジャーナリストのみなさんは「1万トン」という水の量に惑わされて、実際の放射性物質の量を考えていないような気がしてなりません。

それを「鋭く」追求している暇があったら、もっと訊くべきことはあるのじゃないかなあ。なんというか、「水の量」が問題なんじゃなくて、放射性物質の量がだいじだっていうことを本当にわかっているのかなあ、と疑問に感じています。「1万トンは多いか少ないか」なんてのは、まったく意味がないんですよ。問題は放射性物質の量。

記者やジャーナリストのみなさんは、単に「1万トン」というわかりやすい数字があるから、「鋭く」追及しているだけなのではないかなあ、という気がしてなりません。「鋭く」見えるだけで、全然本質じゃないのでは。もっとだいじなことがあるんじゃないのかなあ。

ポイントは「基準値の100倍の濃度の汚染水1万トンと基準値の100万倍の濃度の汚染水1トン中に含まれる放射性物質の量は同じ」ということです。

しかも、薄いのをたくさんのほうが、海中で早く希釈されるでしょうから、よりましなはずです。

これ書くと、みんなに怒られるかもしれないなあと思いつつ

[追記]

そういう誤解はないだろうと思って書いたのですが、やはり誤解があるようなので、改めて書きます。

この記事の意図は「安心」とか「安全」とかではありません。高濃度の汚染水が(おそらくはかなり大量に)海に流れてしまったという事態は深刻です。ただ、その深刻さに比べると、低濃度汚染水1万トンは「無視できる程度」だということです。これは、いいか悪いかの問題ではなく、単なる量の問題です。仮にこの1万トン放出をとりやめたところで、海の放射性物質濃度にも影響しないし、海の汚染対策にもなんの影響もありません。なぜなら、既に桁違いに多くの放射性物質が流出したと考えられるからです。

いいか悪いかではなく、海の汚染度にも今後の海洋汚染対策にもなんの影響もないという事実だけです。

いっぽう、それが1万トン分のタンクを空にできるという意味では、排水してしまうことには意義があります。こちらは水の量の問題ですから。

(ちなみに、デーモン小暮閣下の年齢がジョークになるのは、桁の違うものを足し算したのに、一番下の桁を高精度で言うからです。10万46でも10万47でも、「約10万歳」でいいはずですよね。あのジョークがわかるかたなら、この文章の意味も理解していただけると思います)

[追記]

魚の汚染問題も同じで、高濃度汚染水のほうで決まってしまうので、低濃度の1万トンは影響ありません。もともと深刻な問題に深刻ではない問題を足しても問題の深刻さは変わらないということです。

[追記]

繰り返しますが、ここで「影響ない」と言っているのは、「高濃度のほうですでに深刻な影響があるから」です。高濃度汚染水の流出がなかったとしたら、低濃度汚染水排出の影響を真剣に検討しなくてはなりません。

つまり、「1700億Bqの排出」ということだけを取り出しても意味がなくて、1700億Bqが大きな値なのか小さな値なのかは状況しだいということです。通常時であればこれは大きな値ですが、今の場合には無視できるほど小さな値です。

ひとつの数字だけを見てもだめだということです

[追記]

怒る人がたくさんいるだろうという想定で書いた記事ですから、それはいいのですが、僕が書いていないことで怒られても困ります。ここに書いたことは、それ以上でも以下でもないと思ってください。他の場合に敷衍するには注意が必要です。僕は汚染水の話しかしていません。

それはそれとして、東電の説明が足りないというのはその通りで、もうちょっとやりかたはあっただろうと思います。倫理的な問題は伊勢田さんにコメントいただきました。

それでも、定量的にはこの1万トンにはほとんど意味がないというのは変わりません。「気持ちの問題」はここではほぼ考えていません。


2011/04/06 放射性物質拡散予測、またはシミュレーションの解釈を間違えるとデマのもと

カテゴリー: 放射能問題

4/4の読売新聞に「日本で公表されない気象庁の放射性物質拡散予測」と題する記事が出ました。紙版にも同じものが出たようです。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20110404-OYT1T00603.htm

冒頭を引用すると

.............

 東京電力福島第一原子力発電所の事故で、気象庁が同原発から出た放射性物質の拡散予測を連日行っているにもかかわらず、政府が公開していないことが4日、明らかになった。

 ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開している。

...............

となっています。気象庁の話はあとで書きますが、問題はこの記事に付けられた図版です。これはドイツ気象庁の拡散予測の結果で、説明には

...............

ドイツ気象局による福島第一原発から出た放射性物質の拡散分布予測(日本時間4月5日午後9時を想定)。原発からの放出量は不明とした上で、色が濃いほど、濃度が濃い傾向にあるとしている(ドイツ気象局のホームページより

..............

と書かれています。この図を見るといかにも関東以西の太平洋側には、九州に至るまで放射性物質が大量に拡散したような印象を受けます。図の説明どおりなら、これが4/5午後9:00の予想だというわけです。

この記事がきっかけなのか、あるいはそれ以前からなのか、このドイツ気象庁の予測を取り上げて、「こんなに放射性物質が広がっている」という主張がネット上に多く見られました。不安に思ったかたも多いようです。

しかし、これはまったくの誤りです。実際、各地の放射線のレベルは毎日発表されており、東京では完全に平常時の値になっていますから、この説明は何かおかしいと気づくべきでしょう。

では、この図は何を表しているのか。幸い、元のドイツ気象庁のウェブサイトを日本語に翻訳しているかたがおられます。未読のかたは、以下の山本堪さんのサイトをどうぞ。

http://www.witheyesclosed.net/post/4169481471/dwd0329

これによれば、この図は「発電所からの仮想上の放出が天候条件によってどのように分布し希釈化されていくのか」を予測したものです。どうやら、朝6時に放射性物質が放出されたとすれば、今後どのように広がるかという予測になっているようです(放出条件についてはあまりよくわかりません。たぶん朝6時なのだろうという程度で)。

読売新聞の説明では単に「原発からの放出量は不明とした上で」と書かれていて、これでは放出そのものはあったかのように勘違いしてしまいますが、そうではなく、「放出があったと仮定」なのですね。

ですから、これは現実の放射性物質の分布を表したものではありません。現実には放射線レベルは下がってきています。

これを野尻美保子さんなどとtwitterで議論していたところ、kamimariさんというかたから、実際にドイツ気象庁に問い合わせたというコメントをいただきました(4/5 11:11の@kamimariさんのツイート)。

....................

私も少し前にある雑誌記者の図のみのツイートが拡散されているのを見て、ドイツ気象庁にメールして確かめました。翌朝にはご説明の通りの内容の返事をしていただきました。シミュレーションという言葉の意味を勘違いしている方が多いんだと思います。

......................

これは「シミュレーションとは何か」について考えさせられるいい例題になっています。僕たちは計算機シミュレーションを研究道具に使っているので慣れていますが、そうでないかたには「現実とは違う計算機シミュレーション」という概念自体、なじみがないかもしれません。しかし、現実とは違うさまざまな設定で計算機シミュレーションをするというのは、ごく普通のことです。どういう計算をするかは、何を知りたいかという目的によります。ドイツ気象庁は「仮に放射性物質が放出されたとすれば、その後どうなるか」を知りたいからこの計算をしたわけです。実は日本の気象庁もIAEAの要請によって、同様のシミュレーションをしています。

もうひとつ、この図で注意したいのは、色で表されている濃度が対数表示であることです。色が一段階変わるごとに濃度がひと桁(ひと桁の半分とかかもしれませんが)ずつ変わる、つまり、色が薄くなると、その色で表現されている濃度は濃度は急激に小さくなるわけです。こういう対数表示は、濃度が低いところを詳細に見るには適していますが、いっぽうで、一見すると実際よりもはるかにたくさんの放射性物質が拡散しているように思わせてしまいかねないという問題もあります。実際には中程度の色の部分でも「非常に薄まっている(considerably diluted)のです

というわけで、読売新聞の説明は不十分、というよりもミスリーディングで、これのために誤解が広まったようです。さて、読売新聞の記者はこれをどういうつもりで書いたのか。本当に意味を知らなかったのか、あるいはわざとやったのか。単に説明不足では済まないように思いますが、どうでしょうか。

さて、気象庁の予測シミュレーションの結果も公表されました

http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/kokusai_eer.html

詳しくは説明を読んでいただきたいのですが、これはドイツ気象庁の計算と同様に「仮に放射性物質が放出されたとしたら」という仮定のもとでの計算です。説明によるとIAEAの要請は「72時間にわたって1ベクレルの放射性物質が放出される」という仮定で計算することだそうです。たとえば、計算例として挙げられている

http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/EER/eer_sample.pdf

を見ると、4/2の12時(たぶん世界標準時・・かな)から72時間にわたって放出が続いた場合が示されています。もちろん、これは現実に福島の原発から放出されているという意味ではありません。

日本の研究機関のシミュレーションがなかなか発表されないのは問題なのですが、だからといって外国のシミュレーションを見て「なんの目的で、どのように行なったか」を調べもせずに「大変だ大変だ」と大騒ぎするのも、まずいでしょう。それは結局「デマ」以外のなにものでもありません。これをなんの注釈もなく紹介したマスコミや「大変だ」と大騒ぎしたジャーナリストなどは、情報を読む能力がないだけでなく、「デマの発生源」にもなっているわけですから、反省してもらいたいものです。訂正なり反省なりがない限り、僕ならその人たちの言うことを今後信じませんね。

なお、現状に即したSPEEDIというシミュレーションについては、改めて書くかもしれません

[追記]

あらゆるシミュレーションは「なんのために」「どういう条件で」がわからなけれぱ、意味がありません。シミュレーション結果を見る側も伝える側も、そこに注意するべきでしょう。

ついでですが、仮に現実の条件を使ったとしても、何日も先までのシミュレーションがどれくらい正しいかといえば、あまり期待しないほうがいいと思いますよ、個人的には。

現状は、毎日発表されている線量データに注目しているほうがいいと思います

[追記]

ドイツのシミュレーションの条件はわかりません。「ずっと出続けているとしてある日の6時以降の拡散を計算する」なのかなという気もします。どなたか、わかるかたがおられればご教示ください。どこかに技術的な詳細が出ているのだろうと思います。

また、もともと「どれだけ放出されたか」は考えていないので、あくまでも放出量を基準としたときの相対的な拡散量を計算したものです。だから、読売の「原発からの放出量は不明とした上で」という説明が間違っているというわけではないのですが、それでもこの説明だけでは却って誤解をまねくでしょう。

[追追記]

http://www.dwd.de/bvbw/generator/DWDWWW/Content/Oeffentlichkeit/KU/KUPK/Homepage/Aktuelles/Konzentrationsvorhersagen__en,templateId=raw,property=publicationFile.pdf/Konzentrationsvorhersagen_en.pdf

には、continuous point sourceと書かれているので、ある時刻以降ずっと放出し続けるという仮定のようです。

それから、改めてチェックすると対数だということは明記されていないようなのですが、他のシミュレーションと比較すると、対数であることは間違いありませんね(気象庁の計算と比較してみてください)

[追記]

気象庁のシミュレーションを発表しなかった理由は、避難の役に立たない(目的が違う)からだということはわかりましたが、発表しないと勘ぐられるという面もあるので難しいところです。きちんと説明をつけて発表すればよかったのではないかとは思います。SPEEDIも発表が遅れた理由はなんとなくわかりますが、これもきちんと説明をつけて発表したほうがよかったのでしょう。

[追記]

気象庁のシミュレーションにはたくさんの注意書きがあるので、ぜひ読んでください。計算条件や計算精度について書いてあります。「100kmは誤差のうち」という点など。

[追記]

拡散シミュレーションについて、既に他のエントリーでコメントをいただいています。これもぜひお読みください

masudakoさん(3/21、早い!)

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1300643454#CID1300687196

げおさん(4/6)

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1301510533#CID1302022243

それから、野尻美保子さんのブログにも僕よりはるかに見識の高い内容が書かれているので、合わせて。