何ができればいいのか
「力学1」という科目は、運動方程式やエネルギーなどの「物理」と微分方程式の解法やテーラー展開などの「数学」が渾然一体となっているので、授業全体の流れがつかみにくいかもしれません。
「できてほしいこと」のキーワードだけでも分類して並べてみると少しは理解の助けになるでしょうか。
正直な話、僕の授業は進度が人並みはずれて遅いので、無駄な内容をまじえている余裕がほとんどなく、
結局「しゃべったこと全部」を理解して欲しいのですけど
できるべきこと
数学
- 変数分離型の一階常微分方程式を解く
- 定数係数の二階線形斉次常微分方程式を特性方程式の方法で解く
- テーラー展開
基本
- 運動方程式に表れるさまざまな定数や変数の次元を求める
- 次元を持つ定数の組み合わせによって、時間や長さの次元を持つ定数や無次元の定数を作る
- 運動方程式に含まれる特徴的な時間スケールや特徴的な長さスケールの意味を考える(特に解が指数関数的になる場合が重要)
- ふたつまたはそれ以上の特徴的時間スケールの競合を見極める
運動
- 力の釣り合いをベクトルで表す
- 力が与えられたとき、運動方程式を作る(ベクトルで表す。成分で表す)
- そのままでは解けない(あるいは解くのが難しい)運動方程式から、
特定の位置付近での近似的運動方程式を導く(授業では単振り子くらいしかやっていないが、演義でやった)
最低限解けるべき運動方程式
- 粘性抵抗または慣性抵抗だけがはたらく場合
- 粘性抵抗または慣性抵抗と重力がはたらく場合
- 単振動(調和振動)
- 粘性抵抗中での単振動
エネルギー
- 保存力とポテンシャルの定義(線積分)
- 力学的エネルギー保存則
- 任意のポテンシャルが与えられたときに、そのもとでの運動を議論する(運動方程式を解かずに運動の様子を知る)
- ポテンシャルの極小値付近での微小振動
- 形と大きさを持つ物体が質点におよぼす万有引力のポテンシャル(授業ではやっていないが、演義でやった)
解析力学
- ポテンシャルが与えられたとき、ラグランジアンを作りオイラー・ラグランジュの運動方程式を導出する
- ポテンシャルが与えられたとき、ハミルトニアンを作りハミルトンの運動方程式を導出する
- 循環座標がある場合、保存する運動量を導く
最終目標
大学での勉強は、将来「研究」をするための基礎なので、「入学試験」のようにあらゆるものが厳密に定義された懇切丁寧な問題を解けるだけでは足りません。それは最低限の目標。懇切丁寧な問題は解けて当たり前と考えましょう。
本当の目標は問題を解けることではなく、「理解」することです。
しかし、理解度をはかるには問題を解くくらいしか方法がないので、じゃあどういう問題が解けるようになるべきなのかを書いておきます。
「力学1」では、質点の運動について、「これこれの場合にその運動を議論せよ」といった程度の曖昧模糊とした問題設定に対して、何をどう定義して「何を求めるか」までを自分で考えて解答できるようになるのが目標です。厳密に解ける問題なのか近似しなければ解けない問題なのかといった点も自分で見極められる必要があります。
もっとも、最初からあらゆる問題についてそれを要求するわけにはいかないのですが(自分の過去を振り返っても、そんなことができていたとはとても言えない)、大学の四年間でそういうやりかたを身につけることを目標に、その第一歩としてできるだけがんばってみようということです。
というか、四年間での本当の最終目標は問題そのものを自分で設定できるようになること、でしょうね
問題を解く上での一般的注意
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計算するだけでは数学であって物理ではない。数式の意味を考えることが大事なので、計算結果の吟味をすること。抵抗力しかはたらいていないのにエネルギーが増えるような結果を出して平気な顔をしていてはいけない。
そのためにも結果の概要を図で表すのは重要。特に大事なのは、「短時間」や「長時間」それぞれの極限での振る舞いや振る舞いが変わるところなど。
また、現実の数値を代入してみることも大事。妙な数値を出して平気な顔をしていてはいけない
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もっと細かなやたらと現実的な注意
- ベクトルとスカラーはきちんと書き分ける(ベクトルは矢印でも太字でもよい)
- 複雑な定数の組み合わせは、うまくまとめて名前をつけていかないと、見通しも悪く誤りやすい
- テーラー展開が必要な場合、やみくもにやるのではなく、なんのためにどこを中心として展開するかをよく考える。また、何次まで展開する必要があるかをよく考える
- 次元が合っているかどうかをチェックするのは基本
- グラフの座標軸は無次元変数にすると吉
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ついでに、レポートや答案によく見られる問題点について
- レポートを見ていると、式だけを羅列して日本語の説明を書かない人が多いのだけど、
あれはとても困る。何をどうしたいのかを書いてもらわないと、考え方が合っているのか
間違っているのか判断できない。上に書いたように、数式だけでは物理にならない
ということは、なんの説明もない数式は物理ではないということなのだ。
それから、結論に達するまでの途中経過にもちゃんと目を通すので、いきなり
結果だけ書かないように。結果だけが書かれていて、それが間違いだった場合、
「間違い」ということ以外になにもわからない。考え方は合っているが計算途中で
勘違いしたのか、そもそも考え方が間違っているのかは大きな違いで、
それを判断するには過程を見るしかないのだよ
ものすごく大事かもしれない注意
授業の第一回で話したことだが、ほとんどすべての運動方程式は(手では)解けない。
これは運動方程式を解くという作業が結局は「積分」を計算することだからである。
これが微分なら、どんなに複雑な合成関数であっても順番に微分していけば最後には
結果にたどりつくのだが、それに対して、任意の複雑な合成関数の積分を遂行する
一般的な処方は「ない」。
運動方程式も同様で、任意に複雑な運動方程式を手で解くための一般的な方法は
存在しない。解けるものしか解けないのである。
二階線形についていうと、斉次方程式は特性方程式によって機械的に解けるのに対し、
非斉次方程式を機械的に解く処方はない。
したがって、「力学1」の範囲では、斉次方程式を即座に解ける能力は
要求するが、非斉次方程式は「ヒントを与えられたら解ける」で充分である。
非斉次方程式については「物理数学2」でもう少し詳しく扱う予定。
むしろ大事なのは、「振幅が小さい」などの条件を課すことによって、解けない運動方程式を
解ける形の運動方程式に近似することで、これは、できるようになってほしい。
典型はポテンシャルの底付近の運動を単振動で近似することである。
同様に、完全に任意の経路に沿った線積分など手で計算できるわけがない。
線積分は簡単な式で表される曲線上で積分できればよい(というより、それしかできない)