世界のモデルで遊ぼう


  菊池誠

 今回は世界のしくみを考えよう。なんて、それじゃいくらなんでも大風呂敷を広げすぎなわけで、本当は、世界のしくみを考えるためのヒントを与えてくれるような、そんなものすごく単純なおもちゃモデルで遊んでみようと思っているのである。
 ところで、唐突だけど、マイクル・クライトンの
『ロストワールド』はもう読んだだろうか。例の大ヒット小説『ジュラシックパーク』の待望の続編だ。その物語が幕を開けるのがアメリカのサンタフェ研究所である。サンタフェ研究所は最近なにかと雑誌などでも紹介されているからご存じかもしれない。いわゆる複雑性の科学研究を推進する拠点のひとつで、特に1987年にそこで開かれたワークショップはArtificial Lifeつまり人工生命研究の開始を宣言したものとして知られている。ものの本によると人工生命の提唱者クリストファー・ラングトンはライフゲームの画面を見て、コンピュータ上で作り出される生命という発想を得たらしい。この ライフゲームは実はセルオートマトンと呼ばれるものの一種である。
 
今回はそのセルオートマトンで遊んでみる。もっとも、とりあげるのはライフゲームなんかよりずうっと単純なセルオートマトンだ。単純だけど、それを世界のモデルを作るための道具として考えようというのが趣旨である。


1. 世界を単純化する。


 僕たちが住んでいるこの世界はさまざまな粒子によって構成されている。そして、すべての粒子は
ニュートンの運動法則に支配されて運動する。ここは、すべての粒子の位置や速度をあらかじめ与えてしまえば、あとはニュートンの方程式に従って未来永劫までの粒子の運動が決まってしまうという決定論的な世界だ。もちろん、決定論的だからといって決して単純なつまらない世界ではないことくらい、僕たちはよく知っている。むしろ世界はとても複雑なものに思える。
 そういう力学的な世界を表すようなおもちゃをどうやって作ればいいだろうか。ここでは僕たちの知っているような粒子に基盤を置いた世界からはちょっと離れて、極端に単純な世界を考えることにしよう。こんな世界だ。
  1. 世界は直線状に並んだセル(升目)でできている。つまり空間は 1次元しかなくて、しかも升目に区切られていると思ってしまう。
  2. 各セルは2種類の状態にしかなれない。状態を色で表せばわかりやすいので、例えば二つの色、緑と青になることにしておこう。粒子の世界では時間が進むに従って粒子が運動するのに対して、この世界では運動の代わりにセルの色が変化する。
  3. 時間も空間と同じように区切られている。コンピュータの動作と同じように、世界の時間を刻む時計があって、ステップ的に世界が進んでいく。
  4. さて、ここが大事なのだけど、次の時刻でのセルの色は現在の色だけで完全に決まってしまうとする。つまり、過去にどんな順番で色を変えてきたかといういきさつとは無関係に、今の色を与えてやれば1ステップ後のセルの色が一通りに決まる。この色の変わりかたを与えるルールが、この世界を支配する法則というわけだ。どういうルールを使うかはおいおいみることにして、とにかく簡単なルールを設定するのだ、とだけ言っておこう。
  5. どのセルにも同じルールが適用される。つまり、ニュートンの運動法則が宇宙のあらゆるところで成り立つのにならって、世界を支配する規則はどこでも同じだと考えるのである。
 これが今から遊んでみる セルオートマトンの世界だ。この単純な世界は決定論的なルールに従って変化する。つまり、最初の時刻でのセルの色分けが決められてしまえば、あとはルールに従って自動的にセルの色が変化していくという仕掛けだ。そういう意味でニュートンの運動法則で記述される世界をすごく単純にしたモデルになっている。
 ここで古典力学的世界とセルオートマトンの記述する世界の関係をまとめておこう。
古典力学的世界セルオートマトンの世界
構成要素粒子セル(升目)
記述するための変数全粒子の位置と速度全セルの状態(色の並び)
世界を支配する規則ニュートンの運動法則セルの状態変化ルール
時間連続的(アナログ)離散的(デジタル)

2. いろいろなルール


 セルオートマトンの世界を支配するルールのうちでもっとも単純なものは、各セルがまわりのセルとは関係なく勝手に状態を変えていくというものだ。はっきり言ってこれは面白くないけど、ウォーミングアップを兼ねて考えてみよう。ルールとしては4通りしかありえない。
  1. 青 → 青、 緑 → 緑
  2. 青 → 緑、 緑 → 緑
  3. 青 → 青、 緑 → 青
  4. 青 → 緑、 緑 → 青
ルール1を使うと、時間が進んでもセルの色は最初に用意した状態からまったく変化しない。ルール2は最初の1ステップですべてのセルを緑にしてしまうし、ルール3はすべてを青にしてしまう。どちらにしてもそれ以降はなんの変化も起きない。ルール4は、初めの状態と全部のセルの色を入れ替えた状態とが1ステップごとに交互に現れるという周期的な変化を起こす。というわけで、ルールの違いによって、初めの色分けに関係なく全体が1色になってとまってしまう場合と初めの色分けをそのまま保つ(ルール4では色が時間とともに交互に変わるけれど、パターンとしては変化しない)場合があることがわかった。
 今のはいくらなんでも面白くないので、今度は両隣にあるセルの色も参照しながら色を変えていくようなルールを考えてみよう。ルールには自分と両隣との合わせて三つのセルが関係し、それぞれが青か緑のどちらかになれるので、色の組み合わせは全部で八通りである。そこで、その八つの場合それぞれについて、次のステップで真ん中のセルがどちらの色になるかを決めてやれば、世界を支配するルールを完全に与えたことになる。数えてみればわかるとおり、先程の4種類のルールからずいぶん増えて、全部で256通りのルールが作れる。僕たちは世界のモデルを作っているところだったから、ルールが違うというのは世界を支配する運動法則が違うという意味だと考える。言いかえると、256通りの違った世界がありえて、その中からどれかを選ぼうとしているのである。
 ルールの一例がこれ。


意味はわかると思う。隣り合う三つのセルの色の組み合わせがわかれば、真ん中のセルが次にどういう色になるかが決まることを表しているのである。では、このルールにしたがって実際に世界を動かしてみよう。例えば、まず青と緑をランダムに並べた状態を用意して、そこから今のルールで色を変化させていくとこんな感じ。


一番下の一列が最初の色の配置で、上に向かって時間が進むように描いてある。

 なかなか複雑な絵が現れた。できあがったパターンは全体としては一見でたらめなものに見える。でも、よく観察するといたるところに逆三角形の領域が泡のように生まれては消えている。つまり、まったくのランダムでもないということだ。ある種の局所的な秩序を作りつつ、でも全体に広がるような大きなパターンはなくて、全体は乱雑な構造になっている。こういう変化のしかたはカオス的といわれる。
 ある種の秩序とは言ったけれど、それは何を意味するのだろうか。どうやら
逆三角形と関係がありそうだ。そこで、全体のうち真ん中のひとセルだけが色違いになっている状態を出発点として同じルールで動かしてみると、実はこんな整然としたパターンが現れる。

カオス的なふるまいの裏にはこんなパターンが隠れていたのである。ところで、これとそっくりな絵を見たことがあると気づいた人もいるだろう。事実、このパターンは フラクタル図形の例としてよく引き合いに出されるシェルピンスキーのガスケット(詰め物)によく似ている。ちなみにシェルピンスキーのガスケットというのは 三角形の四分の一を抜きとるという操作を無限に繰り返して作られる。どちらも簡単な規則で生成されるという点では共通しているものの、まったく違うルールから同じパターンが作られるというのはなかなか面白い。
 
256種類のルールの中にはもちろんカオス的ではないパターンを作り出すものもある。次はその例を見てもらおう。まずこれ。

瞬く間に止まってしまった。
次はこれ。

今度は規則的なパターンが生成された。よく見ると1ステップおきに同じパターンを繰り返す周期的な変化をしているのがわかる。どっちにしてもあんまり面白くない。
 このようなセルオートマトンの世界を支配するルールを
スティーヴン・ウルフラムはできるパターンの違いにもとづいて次の四つのクラスに分類した。
 クラス1は時間が進むとやがて全体が一様にひとつの色になって静止してしまうもの。このルールが支配する世界はまったく何もない死んだ世界だ。クラス2はひとつの色にはならないものの、やがて周期的な変化に行きついてしまうもの。この世界には最終的には規則的な変化しか残らない。まったく変化しない場合も規則的な変化に含めるので、さっき見たカオス以外のパターンは実はどちらもクラス2だった。クラス3はランダムに見えるもの。さっきのカオス的なパターンである。
 実はこの三つに加えてクラス4とよばれるものがある。残念ながら今までのように両隣しか参照しないルールではクラス4は実現しないのだけど、そのまた両隣、つまり
左右ふたつずつのセルを参照するルールで見ることができる。とりあえず、クラス4的なパターンの例を見てもらおう。

どうだろう、これまでの三つのクラスとはずいぶん印象が違っていないだろうか。参考までに、使ったルールはこれ。

パターンとしては規則的な背景の上に複雑な形をした大きな構造物が乗っているようなものである。構造物といっても、もやもやした雲や煙のような形のはっきりしないもので、それがところどころから出ている斜めの線によって有機的に結び付いているようにも見える。なんとも言葉で表現しづらいパターンで、ごちゃごちゃ言うよりも見てもらったほうが話が早いから、もうひとつ、別のルールで作った例を見せよう。これもまた雰囲気がずいぶん違う。

 セルオートマトンはそもそもが決定論的なルールに従って変化していくのだから、クラス1や2のように規則的な変化になるのはあまり驚くことではないかもしれない。また、クラス3のカオス的なパターンは基本的にはランダムで、大きな構造ができるでもなく、せいぜい三角形がぽつぽつとできたり消えたりする程度のものだった。それに比べるとクラス4の作り出すパターンははるかに複雑だ。複雑に見える一番の理由は、規則的な部分ともやもやした部分が共存していることにあるのだろう。クラス4は規則的なクラス1、2とカオス的なクラス3のちょうど 中間にあって、そのために単に規則的なパターンやランダムなパターンよりも豊かな構造が出現するのである。そこで、これは『カオスの縁』である、などといわれる。
 冒頭で紹介したラングトンは、生物のような複雑な組織体が生まれるのはまさにこの
カオスの縁であると主張した。確かにクラス4ルールの作り出すパターンを見ていると、生物的なものを感じてしまう。ついでにいうと、実はライフゲームも平面上のクラス4セルオートマトンなのだ。


4. さて

 かつて、決定論的な世界にはラプラスの悪魔が住んでいると思われていた。ラプラスの悪魔は宇宙にあるすべての粒子の位置と速度を知っており、未来永劫にわたって全粒子の運動を予言できるはずだった。これは、結局のところ決定論=予言可能という世界観にほかならないのだけれど、カオスという考え方が現われて、決定論的であることが必ずしも予言可能を意味しないことを今や僕たちは知ってしまった。
 セルオートマトンの世界もルールと最初の配置を与えてしまえばその後のパターンは完全に決まってしまうという、まさに決定論的な世界の雛型になっている。その世界で、クラス4セルオートマトンのような複雑で予測できないパターンが出現するのはなかなか示唆的である。ラングトンはクラス4セルオートマトンに生命を見ようとしたのだけど、別に話はそれだけに限られているわけではない。ここまで抽象的なモデルになってしまえば、生命以外のなにか別の複雑なものを表しているのだと考えるのもまた自由である。あなたはそこに何を見るだろうか。


以下は本文からリンクされたテキスト


 なぜか二度目の登場です。前回は僕たちが自分で研究してる交通流の話だったけど、今回はもうちょっと普通の解説記事です。ご意見ご感想の電子メールはkikuchi@phys.sci.osaka-u.ac.jpまたはNiftyserveのGBF01555まで。むずかしいとかやさしいとかおもしろいとかつまらないとかお知らせいただけるとうれしい。ちなみにhttp://glimmung.phys.sci.osaka-u.ac.jp/kikuchi.htmlにWWWのページを置いています。
 ところで、内田有紀(ちなみに僕はファンクラブ会員)が物理学科の学生に扮するドラマが始まるというので、これを期に物理の人気があがらないかなあと期待してるんですが。
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 マイクル・クライトン作、酒井昭伸訳、早川書房刊
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 J.H.コンウェイの考案による生態系をモデルにしたゲーム。ゲームといっても誰かと戦うわけでもなければ点数を競うわけでもない。仕掛けたらあとはじっと見てる以外にすることがない。コンピュータ上で動かした場合、強いていうなら環境ソフトに近いものとでもいうべきか。でも、見てると結構はまる。
 ライフゲームと聞けば、往年のパソコン少年なら懐かしいと思うに違いない。かつてパーソナルコンピュータがマイコンなどと呼ばれてた頃、みんなディスプレイ上にライフゲームのパターンを描かせて遊んだものだった(らしい・・・というのは僕自身はパソコン少年じゃなかったのでよく知らないのです)。
 ちなみに僕はVZエディタというMSDOS用の定番エディタのマクロで書かれたライフゲームを見て感動したことがあるんだけど、こういう感動のしかたは完全にMSDOS/UNIX文化のノリで、MAC的じゃないね。
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 『ロストワールド』刊行記念(?)。しかし、どうもこういうまわりくどい枕を書かないと気が済まないっていうのは、デジタルリテラシーとは逆行してるなあ。
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 とりあえず、うるさいことは言わずに、アインシュタインの相対性理論も量子力学も忘れてください。
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 ちなみにライフゲームは空間を2次元、つまり平面にしたセルオートマトンの一種。
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 セル(升目)でできたオートマトン(自動機械)という意味。実はセルオートマトンの起源はかのフォン・ノイマンまでさかのぼるのだけど、その話は省略。
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 三角形ができるのは、1ステップの間にに隣のセルまでしか影響が伝わらないからだ。つまり、情報が最も速く伝わるのが45度方向ということになる。それより速く情報を伝えられないという意味で、これはこのセルオートマトンの世界での光速度に相当している。
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 フラクタル図形とは、図形の一部を拡大するともとの図形と同じになるような(自己相似な)図形のことだ。シェルピンスキーガスケットがフラクタル図形であることは、全体の4分の1にあたる部分が全体の縮図になっているのを見ればわかる。
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 作りかたを動画にしてみるとこんな感じ。セルオートマトンでは下から順に絵が作られていったのとは対象的である。
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 セルオートマトンはMathematicaを使えば簡単に実験できるので、手元にある人はいろいろなルールを試してみればいいと思う。ちなみに、今回の絵はいろんな理由から(恥ずかしいので秘密)もっとまわりくどい方法で描いている。
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 有名な数式処理ソフトMathematicaを出しているウルフラムリサーチの偉い人。実は十代で最初の物理の論文を書いたという神童だったので、偉い人といってもまだ若い。
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 ちなみにこの場合、ひとつのセルの色を決めるために合計五つのセルが関係するから、作れるルールの総数は約10億通りと膨大なものになってしまう。256通りならまだしも、これではすべてのルールを試してみるわけにはいかない。
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 実はこれは単に比喩的な話ではない。あるパラメータを計算してみると、クラス4のルールが持つ値はクラス1、2とクラス3のルールが持つ値の中間のごく狭い範囲に限られることがわかっている。これを指摘したのがクリストファ・ラングトンなのだった。
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 人工生命といえば、Life at the edge of Chaos(カオスの縁の生命)というのが当面のキャッチフレーズなのだけど、どの程度実態がともなっているものかは今後の研究で追い追い明らかになるのだろう。なんでもかんでもカオスの縁だと主張されると、それはそれで首を傾げたくもなるもので、実際、眉つばものの話もないではない。
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